「あかねちゃん、これ交換しようよ」
私が小学生の頃、新しく友達になった子と「プロフィール帳」を交換するのが流行っていた。
「うん、いいよ!」
その子は、二年生のクラス替えで同じクラスになった諏訪冬子ちゃんという女の子だ。さらさらの髪の毛をさらにおさげに編んでいる姿が、同性である女の子たちの心をくすぐり、誰もが彼女と友達になりたがった。
そんな彼女からプロフィール帳を渡されたことが嬉しくて、その日家に帰ると即座にプロフィールを埋めていたのを今でもよく覚えている。
「えっと〜」
誰が見ているわけでもないのに、部屋で精一杯考えるふりをして中身を埋める。
「何歳でけっこんしたい?」
裏ページの「秘密欄」というところに、そんな質問があった。
「んー」
少しだけ考えて、私は「22さい」と書き込んだ。
なぜその年齢にしたのかというと、当時自分が他の子たちに渡したプロフィール帳に、皆22〜24歳の間の年齢を書いていたからだ。
ひと通りプロフィールを書き終えると、翌日冬子ちゃんにそれを返すのが楽しみになっていた。
翌日、私は冬子ちゃんにプロフィール帳を返し、彼女からも自分が渡したプロフィール帳を返してもらった。
「あ、22歳。一緒だね」
彼女がはにかみながら、「秘密欄」を見つめて言う。
「ほんとだ! 嬉しい」
冬子ちゃんの言う通り、そこには彼女も「22さい」という年齢を書き込んでいたのが、私には飛び上がりたいくらい嬉しかった。
「わたしたち、これから仲良しになろうね」
冬子ちゃんも嬉しかったのか、私の手をぎゅっと握ってそう言ってくれた。
「うん、よろしくね」
出会ったばかりの冬子ちゃんだったが、彼女とは随分と仲良くなれそうな気がした。
***
「……茜、どうした?」
目の前の光景が一瞬ぼやけて、視界が鮮明になった時、目の前には心配そうな表情で私を見つめる彼の姿があった。
「ごめん、ちょっと考え事してた」
いけない。今日は私の誕生日だからと言って、彼が誕生日デートに誘ってくれたのだった。
29歳。誕生日を祝われるには多少複雑な年齢になってきたが、それでもやはり好きな人がこうして休日にデートに連れて行ってくれるのは嬉しかった。
「そっか。急にぼうっとしたから心配したよ」
「ご、ごめんね。昔のことを、思い出してた」
「昔のことって、学生時代とか?」
「ううん、友達のことよ。諏訪冬子。友貴人も何度か会ったことあるよね」
「ああ、冬子ちゃんね」
私は彼を、何度か冬子に会わせたことがある。
初めて会わせたのは、私も彼も大学生だった頃だ。
冬子とは、小学校で知り合って、その後中学、高校、そして大学まで同じ学校に通った。私たちはよくある女友達の儚い友情とは裏腹に、何年一緒にいても互いを嫌いになったり、邪険に思ったりすることがなかったのだ。
本当に何でも話せる親友。
私の冬子に対する評価は、きっと彼女が私に対して思っていることと同じだと感じていた。
そんな親友の冬子に、彼を初めて会わせたのは大学二年生のとき。
私と彼が付き合って半年が経った頃だった。
「初めまして、諏訪冬子です。茜とは、小学校の頃からの親友で仲良くしてもらっています」
育ちの良いお嬢さんのような風貌の冬子は、誰に対しても好印象を抱かせる。
それは、その日冬子を初めて目の当たりにした友貴人の明るい表情を見ても明らかだった。
「冬子、ちゃん。いつも茜がお世話になっています」
まるでそれを言うこと自体が何か崇高なことであるかのように、彼は礼儀正しく冬子に挨拶をした。
その姿が見慣れなくてむずがゆくて、自分の提案で二人を会わせた私自身、戸惑いを隠せなかった。
その後、三人で居酒屋に行き、初対面ながらも二人はすぐに打ち解けた様子で楽しく話していた。特に冬子の方が私の昔の恥ずかしい話を暴露し、彼がその話に爆笑する、という展開に私は赤面するばかりだった。
「ん〜! 今日は楽しかった。茜、友貴人さん、ありがとう」
アルコールで頰を赤らめた冬子が友貴人と私にぺこりと頭を下げる。
普段は清楚系お嬢様という雰囲気の彼女が無防備な姿をさらけ出す様子は、彼だけでなく私までも魅了した。
「こちらこそありがとう、冬子ちゃん。またよろしくね」
友貴人も冬子に対して会ってすぐの時以上に好印象を抱いているようだった。
何はともあれ、大好きな二人が知り合って仲良くなってくれたことが、とても嬉しかった。
本当に、嬉しかったのだ。
二度目に彼と冬子が会ったのは、私たち三人が社会に出る直前、大学を卒業したその日だ。
卒業祝いに三人で、大学近くのフレンチレストランにご飯を食べに行った。
「卒業おめでとう!」
友貴人が舵を取り、スパークリングワインで乾杯した。
「近くにこんな素敵なお店があっただなんて、私知らなかった」
冬子は卒業式という非日常のイベントを終え、そわそわしている私とは裏腹に、落ち着いた声色で言った。
「ここは路地裏でちょっと高いし、大学生はほとんど来ないだろうね」
「うんうん。私も知ってはいたけど、敷居高くて絶対来ないと思ってたもん」
敷居が高い、と言ったが、社会人からすればそれほど高くないのかもしれない。
来年以降、もしまたここに来たら、私たちでも気軽に足を踏み入れられる場所になっているのだろうか。
「冬子ちゃんはこれからどうするの?」
おそらく初めて彼女と会ってから一度も会っていない友貴人が、冬子の将来のことを問うた。
「私は、地方公務員になるの。地元よ。だからずっとここにいるわ」
一人っ子で両親から大切に育てられた冬子は、親の強い勧めで地元の公務員になる予定だ。
「そうなんだ。俺は一般企業だけど、近いからまたいつでも会えるね」
「ええ。茜も近くなのよね」
「うん、隣の県の、商社にね。配属は未定だけれど、こっちで働けたらまた遊ぼう」
一体これまで何人の友達に、「大学卒業しても遊ぼう」という言葉をかけてきただろうか。
会う人会う人たくさんの友人たちと将来の話をし、離れても連絡を取ろうと誓い合った。
冬子とは、大学の友人の中でも本当の最後にこうして一緒に会うことにしたのだ。
それぐらい、私にとって彼女はかけがえのない存在だった。
「それにしても、もう卒業かあ〜。次会う時はもう、二人が結婚しちゃったりしてるかもね」
ふふっとお上品に笑いながら、冬子がそんな冗談とも言えない冗談を言うものだから、私は友貴人の横で、恥ずかしくて固まってしまった。
「結婚だなんて、まだ早いよ」
友貴人が冬子の冗談を軽く受け流していることが少しショックだったが、よくよく見ると、彼がナイフを握る手に力を入れているのが分かった。彼は、緊張すると何かを強く握りしめる癖があるのだ。だからそれを見た時、私はちょっとだけ嬉しかった。なぜか分からないけれど。
「もしそうなったら、私に一番に報告してね」
語尾にハートマークでもつきそうな勢いで、冬子が言う。
「まあ、本当にそうなったらね」
友貴人も彼女に乗って適当に答える。
私はこの話題になると、蚊帳の外だ。というか、蚊帳の外に出なければ恥ずかしくてまともに前を向くことすらできなかった。
「茜、友貴人さん。元気でね」
冬子は、愛おしいものを本当に愛おしいと思っているような柔らかい眼差しで、私たちを見ていた。
「冬子の方こそ。彼氏ができたら私たちにちゃんと報告するのよ。審査してあげるから」
湿っぽい雰囲気にならないように、私は彼女をからかって言う。
冬子には彼氏がいたりいなかったりする時期が何度かあり、今はフリーだ。だからこれから浮ついた話が聞けるのを楽しみにしておこう。
「茜に審査してもらったら間違いわね」
「任せて」
冬子のことだから、急かしたりしなくてもきっとすぐに恋人ができる。
私を含め、冬子に憧れない同年代など、ほとんどいないのだから———。
結局その日は、三人とも終始将来の話や、私と友貴人の近況、冬子の未来の恋人の話、まだまだ遠い未来である結婚の話をしてお開きになった。
私たちは三人とも、これからの将来に対する不安や期待を、誰かに打ち明けなければ安心できなかったのだ。
そしてそれは今も、変わっていない。
つづく
⇒『アラサーだって、翼』第一話 束縛男と私のユリ
⇒『アラサーだって、翼』第二話 ギャンブル道化師
*Profile
鈴木 萌里
京都大学文学部卒。2019年春から会社員。
本嫌いがなぜか突然本好きに転向。
小学生の頃に小説家を志す。
第4回田辺聖子文学館ジュニア文学選入選。
2019.1〜2019.5まで、京都天狼院書店HPにて、『京都天狼院物語〜あなたの心に効く一冊〜』を連載。得意ジャンルはヒューマンドラマ。
日々会社帰りの執筆活動を楽しみに生きている。
Twitter @rii_185515
note https://note.mu/rii_185