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『アラサーだって、翼』第二話 ギャンブル道化師(2)

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「映画、面白かったね」

島村和樹がラザニアをふうふうと息で冷ましながら、今日の映画の感想を話す。

「うん、すごく」

交際1ヶ月目の島村和樹とは、職場近くのカフェで出会った。男女の出会い方としては、珍しい部類かもしれない。

幼い頃の夢だった花屋で働いている私は、火曜日から土曜日まで仕事をして、日曜日と月曜日に休んでいる。自分が休んでいる間は、パートさんに仕事を任せて。

お昼になると、決まって店の近くのカフェに行っていた。カフェと行っても、こぢんまりとした喫茶店に近い。しかし、そのなんとも言えない大きさや、落ち着いた雰囲気が好きで、毎日お昼時になるとそこに行くのが私の日課だった。

カフェで私は、いつも同じ種類のトーストサンドを頼む。

タマゴサンドとタンドリーチキンサンドのセット。

トーストが丁度良いくらいにこんがりとした焼き目をつけて席まで運ばれてくる頃には、恐ろしいくらいにお腹が減っている。

普段なら、トーストサンドが運ばれたらすぐに「いただきますっ」と手を合わせるのだが、その日は違った。

「あの、そのトーストサンドいつも食べてますよね。そんなに美味しいんですか?」

突然背後から飛んできた声に、私はぎょっとして振り返る。

「ど、どちら様……?」

そこにいたのは、どこにでもいるようなサラリーマンふうの男性。

誠実で優しそうな目をしている人だった。

これまで生きてきて、通りすがりの人に道を聞かれることはあっても、知らない人に普通に話しかけられたことはなかったため、反応に戸惑う私。

「あ、すみませんっ。僕、決して怪しい者じゃないんです。この近くの会社に勤めてて、よく来るんです。ここ」

怪しい人が、“怪しい者です”なんて言うわけがないし、その男性の言うことにどれくらい信憑性があるのかなんて、全く分からない。

でも、とても悪い人には見えないその人の言うことに、すんなりと納得している自分がいた。

「そうなんですね。私もほとんど毎日ここに来ていて」

「知ってます!」

男性の威勢の良い声に、「えっ」とびっくりしてその人の目を見つめてしまう。

「あ、いや、これはそのっ、僕があなたと同じで毎日ここに来てるから知ってるだけで……決してあなたのことを追い回してたとか、そういうのじゃないんですっ。すみません……」

側から見ればストーカーに思われなくもない男性。

私はその人の表情や声色があまりに素直すぎて、途中でふっと笑ってしまった。

「謝らないでください。あなたのこと、私もたまに見かけていた気がします」

本当はその男性のことなど、気に留めたことすらなかった。

多分彼の言う通り、彼は実際にほぼ毎日このカフェに来ているのだろうが、花屋店員らしかぬ、“花より団子”の私には、運ばれてくるキツネ色のトーストサンドにしか興味がいかなかったのだ。

 

しかしここで、「初めてお見かけしました」なんて言うのは、あまりに無粋じゃないか。

そう思ったから、あえて男性に乗ってみることにしたのだ。

これぐらいの嘘、神様だって許してくれるはず。

「そ、そうだったんですね! それはなんというか……嬉しい限りです」

まるで乙女のように照れ笑いする男性を、私は素直に“可愛い”と思った。

「そういえば、お名前、聞いてませんでしたよね」

「ああっ、これは失礼しました! 僕は、島村和樹といいます。さっきも言った通り、この近くの会社で働いています」

「私は、高山伊織です。そこの花屋で働いてるんです」

「花屋? あっ、確かにありますね。『フラワーショップたかやま』……って、もしかして高山さんのお家?」

「はい、そうです。お家といっても、私が開業したので、親子代々というわけではないのですが」

「ええっ、それはすごいです。ご自身で開いたなんて」

「そんな大層なものじゃありませんよ」

いちいち大袈裟なリアクションを取ってくれる島村に、私は好感を抱いた。

自分のことをこんなに他人に話すのは初めてで、とても照れ臭い。

けれど、小学四年生の新学期に、クラスメイトから自己紹介カードに書いた夢をからかわれた時みたいに嫌な感じはしない。

「いや、すごいです。僕には到底そんなことできそうにありませんし」

「……ありがとうございます」

確かに、島村の言う通り、開業にあたっては、お花のこと、立地のこと、経営のことをそれなりに一生懸命勉強した。

だけど、それをあえて他人に言うのははしたないと思っていたのだ。だから肉親以外、誰にも言わなかった。

 

けれど、島村があえて「すごいね」と口にしてくれたことが、無性に嬉しかった。

誰かにすごいって言ってもらうために開業したわけじゃなかったにもかかわらず。

 

「花、好きなんですか?」

 

「ええ、とても」

 

自分でも、びっくりするぐらい自然にそう答えることができた。

この時からすでに気づいていたのだと思う。

彼は私に、素直な自分を引き出してくれる魔法の人なんだと。

 

それから毎日、私たちは昼になると例のカフェに訪れて一時間ほど話をした。

内容はいつもくだらないことばかり。

今日はどんなお客さんが来たとか、一人もお客さんが来ないとか、会社の人付き合いが大変だとかそういう話だ。

けれど、そのなんでもない時間が、私には楽しくて仕方がなかった。

 

 

 

つづく

 

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*Profile
鈴木 萌里

京都大学文学部卒。2019年春から会社員。
本嫌いがなぜか突然本好きに転向。
小学生の頃に小説家を志す。
第4回田辺聖子文学館ジュニア文学選入選。
2019.1〜2019.5まで、京都天狼院書店HPにて、『京都天狼院物語〜あなたの心に効く一冊〜』を連載。得意ジャンルはヒューマンドラマ。
日々会社帰りの執筆活動を楽しみに生きている。

Twitter @rii_185515
note  https://note.mu/rii_185

 

 

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