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『アラサーだって、翼』第二話 ギャンブル道化師(5)

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「——というわけなんです」

その日の夜19時。店を閉めた後、私は笹塚由梨と二人で近くのカフェにいた。いつもお昼に通っている馴染みの場所だ。そしてその場所は、初めて彼と言葉を交わした場所でもある。

由梨はホットティーを、私はアイスコーヒーを頼み、彼女に和樹のことを話した。

付き合い始めと比べて、彼が全然会ってくれなくなったこと。

友達のさくらには、浮気じゃないかと疑われていること。

近々強引に様子を見に行こうということ。

出会って間もない笹塚由梨にそこまでを話すのには最初躊躇われたが、一度話し始めると自分でもびっくりするぐらい止まらなくなった。

彼の同僚であり、自分とそれほど深い関係ではない彼女に対して、逆に安心感を覚えたのかもしれない。この人なら自分の話を適度に聞いてくれる。そんな安心感。

「なるほど。そういえば島村、彼女できたって話してくれてから、あんまりその話してなかったかも。当の彼女さんが、花屋の店員さんだなんて、気づきもしなかったけれど」

「そうですよね」

「うん。それで、島村が最近会ってくれないっていうのは、どうして?」

「それが、いつも体調が悪いとか会社の付き合いとかそんな理由で断られるのですが……。あまりにも頻度が多いから、何かあるんじゃないかって疑ってて」

「ああ、確かに丸3ヶ月はちょっとおかしいよねぇ。伊織さんの友達が言うのが一番アリな線かもしれない」

つまり、和樹が浮気をしていると。

「やっぱり、そうなんでしょうか……」

「うーん、こればっかりは証拠を掴まないと分からないけれど……でも、まあ、ねぇ。男が会ってくれなくなるっていったらやっぱり」

「そうですね……。ちなみに、由梨さんから見て、彼最近おかしなところとかありましたか?」

和樹と交際しているといっても、彼のことを100%知っているわけではない。特に1日のうちの大半の時間を過ごす仕事中、どんな様子でいるのかなんて、知る由もなかった。

「私はそれほど島村と関わりがあるわけではないから、そこまでは見てなかったけれど。あ、でも、最近同期で飲みに行った日があったのね。その日、水曜日で仕事終わりに皆で行こうって二週間前に約束してて。島村も“いいよ”って言ってくれてたんだけど……」

平日の夜、確かに彼はいつも会社の人たちと用事があると言っていた。

付き合い始めの頃は平日の夜に時々ご飯を食べに行くことがあったが、それも最近ではめっきりない。

「でも当日になって、キャンセルされたわ。“お金がないから”って。私はその時、彼女さんと約束でも入ったのかと思ったんだけど」

「それっていつですか?」

「先週の水曜日よ」

先週なら、彼と会ってはいない。

「じゃあ、本当に金欠? にしても、1日飲みに行くぐらいのお金がないなんてそんなことあるのかしらね。まあ、単に面倒臭くなっただけかもしれないけれど」

 

でも、ほら、彼女以外と約束があった……と考えられなくもないでしょう?

 

由梨が私を見る目が、そう訴えている。

考えたくないが、その可能性が一番濃厚かもしれない。

 

「あの……由梨さん。もし彼が浮気しているとしたら、会社の方なんでしょうか」

そんなこと、彼女だって知らないだろう。でも、この時も私は、どんな些細なことでも良いから情報が欲しかったのだ。

「それは、どうだろう。社内かもしれないし、そうじゃないかもしれない」

「……分からないですよね」

「ええ、こればっかりは……。あ、それならさ」

由梨が、「良いこと思いついた!」と瞳を大きく開いた。

「私、ちょっと様子見に行ってみようか?」

「え?」

「だから、伊織さんが怖いなら、私が最初に見に行ってみる。適当な理由つけて家まで覗きに。あ、大丈夫。ちょっと覗いてすぐに帰るから。そこは心配しないで」

由梨の提案が、今の私にとってはこの上なく頼もしく思えた。

「それならちょっと、お願いしてみようかな」

「ええ、任せて!」

偶然の出会いだったけれど、由梨と話ができる関係になれて良かったと、この時心の底からそう思った。

 

 

 

つづく

 

『アラサーだって、翼』第一話 束縛男と私のユリ(1)
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*Profile
鈴木 萌里

京都大学文学部卒。2019年春から会社員。
本嫌いがなぜか突然本好きに転向。
小学生の頃に小説家を志す。
第4回田辺聖子文学館ジュニア文学選入選。
2019.1〜2019.5まで、京都天狼院書店HPにて、『京都天狼院物語〜あなたの心に効く一冊〜』を連載。得意ジャンルはヒューマンドラマ。
日々会社帰りの執筆活動を楽しみに生きている。

Twitter @rii_185515
note  https://note.mu/rii_185

 

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